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ずぼら女子奮闘記

ずぼら女子がリアルでは言えないことを吐き出すブログ。

合宿前の高揚感を味わえるのはこれが最後

大学時代の9割をそこで過ごしたと言っても過言ではない団体での卒業旅行がすぐそこまで迫っている。

その団体(以後サークル)では毎年夏と冬に合宿に行っていた。先輩や後輩が混じり、多いときでは100人を超える大所帯。普段話さない人とも交流できる貴重な機会だ。

サークルによって合宿のスタイルは様々だと思う。バスで行ってレクレーションをやったり、車を借りてドライブしたり、団体の活動に集中的に取り組んだり。夜はひたすら飲み会をしたり、部屋に戻ってガールズトークをしたり、いい感じの男女が抜け出してちょっとしたニュースになったり。

 

大人数での飲み会は苦手な上人見知りなので、最初はサークルの合宿が全然楽しめなかった。知らない先輩がたくさんいて勝手にビビったり(本当は優しい)、飲み会の端っこで静かにソフトドリンクを飲んでいたり。

回数を重ねるごとにだんだん慣れていって、すっかり楽しめる年齢になったころにはサークルを引退。既に老害の域に達している。老害にはなりたくないので、引退したタイミングですっぱり身を引いた。寂しいものである。

個人的に仲の良い友人と行く旅行とは違う、一人旅ともまた違う。「サークルの合宿」

普段あまり話す機会のない人と同じ車に乗って、目的地を決めて車を走らせる。同じ車に乗った人が皆楽しめるような目的地はどこか。万人受けする車内の音楽の選択に頭を悩ませる。先輩らしい振舞とは何か。初めましてに等しい緊張している後輩を楽しませるにはどうしたらいいのか。助手席ではドライバーのフォローを万全に。自分がドライバーになるときは安全運転で。

あの独特の空気感を再現することは二度とできないだろう。この先もサークルの友人と少人数で旅行に行くことはあるかもしれない。だけど違う。学年や所属の違う、いろんな人が集まる自分のサークルのメンバーがごちゃごちゃになった状態で行く合宿。夏の合宿では1年生が初めまして、冬の合宿では先輩さようなら。

 

もうサークルはとっくの昔に引退しているから、合宿に行く機会はない。けど、自分たちの学年で行く卒業旅行が残っている。同期の出席率が圧倒的に高く楽しみである。

車のメンバー決め、目的地決め、ドライバーじゃんけん、車内の選曲。ラインに流れてくる皆の楽しそうな写真。宿に着いたら部屋のメンバー決め、そして飲み会。

もう二度と一緒に旅行に行く機会がない人がほとんどだろう。性格も進路もバラバラのメンバーが同じ目的の元集い、議論し、時には喧嘩をし、かけがえのない時間を送ってきた。今度の卒業旅行、そして追いコンが終わったらもう全員と顔を合わせる機会はない。活動していた時は毎日会っていたのに。徹夜で活動に打ち込んでいたのに。

皆がまとまるにはものすごく時間がかかったのにバラバラになるのはあっという間だ。悲しいし、寂しい。だけど仕方ない。これが卒業するということだと思う。

 

小学校、中学校、高校と卒業・入学を繰り返してきて、卒業した後に会える人なんてほんの一握りだってこと、「また絶対会おうね」の言葉の信ぴょう性の圧倒的低さ、疎遠になっていくスピード感などは十分味わった。社会人になったらそれはもっとずっと確実なものになる。

大好きな人たちと当たり前のように「また明日ね」と言える環境はかけがえのない時間である。

今までの経験から、自分たちの「終わり」を自分の中で意識するのは早かった。「終わり」を迎えることが分かっているから、メンバーの写真をたくさん撮った。活動中に首からミラーレスをぶら下げてこれでもかというほどに。4年間で撮りためた写真は数万枚ある。

 

「また明日ね」が「またいつかね」に変わる。これが私の卒業。

一瞬一瞬を噛みしめながら、私はこの3月を全力で生きたい。